フリードリヒ・カルクブレンナー 単語

フリードリヒカルクブレンナー

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フリードリヒ・カルクブレンナー / フレデリック・カルクブレンナー1785~1849)とは、クラシック音楽作曲兼ピアニストであり前期ロマン時代にサロンで活躍したヴィルトゥオーソピアニストとしては最もい世代に属する人物である(そのため古典とみなされることもある)。

概要

ドイツ出身で同じく作曲だった父親クリスティアンから教育を受ける。しかし幼いころからパリに移り住みパリ音楽院ではルイ・アダンに、卒業ウィーンハイドンアルブレヒツベルガーの師事を受けたあと1804年にパリに戻った。

その後しばらくはロンドンパリを行き来する生活を送ったが1824年にピアノ会社・プレイエル社の役員となったため、広告として彼は機し、子たちにもプレイエルピアノを売り与えたようだ。

作曲のほとんどがピアノ曲となっており、ショパンリストアルカンタールベルクといったヴィルトゥオーソピアニストの大先輩にあたる。ショパンには一度子入りを持ち掛けたことはあるが、ショパンの周囲の人物の反対で取りやめになった(この時ショパンの恩師・エルスナーからカルクブレンナーごときの子になってはいけないという手紙が届けられたことで有名である)。しかし師ではなくピアノ仲間としての交流は続き、仲は良かったようだ。

子としてはカミーユ・スタマティが特筆すべき存在であり、彼はカミーユ・サン=サーンスルイスモロー・ゴッドシャルクらを育てている。しかしもともと子をあまりとろうとはしなかったこともあって、彼の上体をほとんど動かさず腕と手首をにし、一本一本のを垂直にピアノに下ろすという演奏技法、およびギドマンと呼ばれる練習器具はれてしまった。あまりピアニストの系譜に大きなは残さず、一時代の寵児、悪く言えば時代のとしてピアニスト史に残っている、それがカルクブレンナーなのである。

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最終更新:2024/06/02(日) 18:00

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