ウロコフネタマガイ(学名:Chrysomallon squamiferum)とは、深海の熱水噴出孔の周囲に生息する巻貝である。
概要
2000年にアメリカのチームによってインド洋の「かいれいフィールド(Kaireiフィールド)」と呼ばれるエリア、深海2420~2450mの熱水噴出孔から見つかった新種の巻貝。2001年に日本のチームによって採取された。体長は約4cmで、足の裏がびっしりと鱗に覆われているため、俗に「スケーリーフット」と呼ばれている(scaly-foot=「鱗を持つ足」を意味する)。
紆余曲折を経て学名が付いたのは2015年のこと。JAMSTECの貝類学者Chong Chen氏によって記載された。学名は「鱗を帯び金羊毛を纏うもの」という意味で、厨二病格好良いものとなっている。
熱水噴出孔の化学合成生態系の一員で、消化管に独自の硫黄酸化細菌を共生させており[1]、その細菌からエネルギーを貰っているので、「食事」を必要としない。また、この共生細菌に硫化水素・酸素を送り届けるため、巨大な心臓を持っていることが明らかになっている。2013年には共生細菌の全ゲノムが解読された。
2020年4月8日にはウロコフネタマガイ自身の全ゲノムが解読された[2]。
硫化鉄で覆われた体
本種の最も驚くべきところは、体の表面(鱗)が硫化鉄でコーティングされているという点で、硫化鉄を体(外骨格)の構成成分としている生物は、今のところ本種だけである(足が鱗で覆われているのも本種のみ)。
硫化鉄を体に纏うメカニズムはほとんど分かっていなかったが、長い研究により少しずつ解明されてきている。
硫化鉄の生成には体表面の共生細菌が関与しているという説もあったが、2019年の研究では、鱗の内部に存在する硫化鉄は、ウロコフネタマガイ自身が硫黄を供給(排出)し、海水から浸透してきた鉄イオンと反応して生じていることが明らかとなっている[3]。これは今まで知られている他の生物の鉱化作用とは異なるものだとされる。
ちなみに勿論磁石にくっ付く。飼育実験もされているが、「錆び付いて」死んでしまうため長期飼育するのは難しいとのこと。
黒スケ、白スケとドラスケ
2009年には日本のチームによってかいれいフィールドの北にある「ソリティアフィールド(Solitaireフィールド)」で硫化鉄でコーティングされていない白いウロコフネタマガイが採取され、「白スケ」の愛称がついている。これに対して最初のかいれいフィールドのウロコフネタマガイは「黒スケ」と呼ばれるようになった。
2007年にも中国のチームが南西インド洋海嶺「ロンチーフィールド(Longqiフィールド)」、通称「ドラゴンフィールド」でウロコフネタマガイを確認、2011年にイギリスのチームが採取し、こちらは「ドラスケ」の愛称で呼ばれている。ドラスケは硫化鉄の構造が黒スケと違う。その後も、インド洋の他の熱水噴出域でウロコフネタマガイが発見・採取されている。
これら3タイプのウロコフネタマガイは遺伝的に同種だと判明しており、何故海域によって硫化鉄を含むか・含まないのかが研究されている。どうやら熱水に含まれる鉄の濃度が関係しているらしい。
硫化鉄は防御に不要?
この「硫化鉄の鱗」の役割だが、防御を強化して天敵から身を守る為でしょ?と誰もが思うのではないだろうか。
実際、鱗や貝殻が優れた力学強度・機能を持つことが明らかになるなど、長らくそう思われてきたのだが…
最近の研究(先述の2019年の研究など)では、共生細菌の代謝で生み出される有害な硫黄化合物を排出すること自体が重要で、硫化鉄の生成はその副産物に過ぎないのではないか?と言われるようになってきている。天敵が少ない場所に生息しているドラスケなどは、黒スケと比べて数が多いことが分かっており、この結果は必ずしも防御の為に「硫化鉄の鱗」が進化した訳ではないという可能性を示している。
また、硫化鉄を殆ど含まない白スケの鱗の方が、硫化鉄で覆われた黒スケの鱗より強度が高いことが分かってきている。硫化鉄ェ…
ただ、足を覆う鱗はそれだけでウロコフネタマガイを天敵から守る鎧となる。ウロコフネタマガイの貝殻の蓋は小さいため、代わりに鱗の付いた足を縮めて防御するのではないかと言われている。
この鱗は、当初カンブリア紀の貝類が持っていたものと似ていると言われたが、独自に進化したものであるらしい。そもそもウロコフネタマガイの誕生は中生代ジュラ紀以降だと考えられている。
利用
ウロコフネタマガイは水温10~20度の環境で硫化鉄を生成しているが、その硫化鉄には高温でないと生成出来ないとされるものが含まれている。ウロコフネタマガイが硫化鉄を生み出すメカニズムを模倣することで、広く機能性無機材料の製造への応用が期待されている。すごい。
絶滅危惧種への指定
2019年、ウロコフネタマガイは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種(EN)に指定された[4]。これは、近年海底資源の開発が盛んになり、ウロコフネタマガイが生息している熱水噴出域の多くが資源開発対象になっている為である。
ウロコフネタマガイは他の生息域に拡散するのが得意ではない種だと考えられており、また深海の熱水域以外では長く生きられないことから、海底資源開発の影響が特に懸念されている。
海底資源開発を考慮に入れたIUCNレッドリストへの登録は世界初で、あまり試みのなかった深海生物の保全への第一歩になるとされている。
酸化鉄の鎧
Chong Chen氏の論文で2015年9月に記載された新種の巻貝ギガントペルタ・イージス(Gigantopelta aegis)はウロコフネタマガイに近い種で、こちらは酸化鉄で貝殻を覆っていることで知られる。ギガントぺルタ・イージスはドラゴンフィールドに生息している。
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関連リンク
- 【コラム】スケーリーフット研究小史<トピックス<海洋研究開発機構
- プレスリリース 「スケーリーフットの全ゲノム解読に成功 ―生物の硬組織形成の起源と進化に新たな知見―」 では語りきれなかったスケーリーフット研究小史 (裏ストーリー) 研究内容紹介<超先鋭研究プログラム<JAMSTEC
- 磁石にくっつく貝? 深海研究の鍵を握る「奇妙な生物」が絶滅危機!(川口 慎介) | ブルーバックス | 講談社
関連項目
脚注
- *食道の一部(食道腺)が肥大化していて、その細胞内部に細菌を住まわせている。人間ではのどちんこに当たる部分である。
- *スケーリーフットの全ゲノム解読に成功―生物の硬組織形成の起源と進化に新たな知見―<プレスリリース<海洋研究開発機構 | JAMSTEC
- *スケーリーフットが身にまとう硫化鉄の生成機構を解明<プレスリリース<海洋研究開発機構 | JAMSTEC
- *スケーリーフットが絶滅危惧種に認定―IUCNレッドリスト登録に基づく深海生物多様性保全への第一歩―<プレスリリース<海洋研究開発機構 | JAMSTEC
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