パワーユニット(英:Power unit)とは、F1世界選手権に2014年より導入された動力システムである。
略して「PU」と表記されることが多い。
概要
2008年以前のF1ではガソリンを燃料とするエンジンを主な動力源とし、時期によってはこれにターボチャージャーを組み合わせて使用していた。
そして世界的に環境問題への意識が高まるにつれてモータースポーツにもエコ化の波が押し寄せ、2009年からはKERS(Kitetic Energy Recovery System:運動エネルギー回生システム)が導入された。
しかしKERSは搭載が任意であったことに加えて、非常に高額な開発コストが掛かる上に重量が嵩む、従来のディスクを使用した摩擦ブレーキと回生ブレーキとの協調制御が難しくマシンの操作性を損ねる、その割には最大エネルギー放出量が低く設定されており大きなアドバンテージにならないなどといった問題点があり、各チームに受け入れられたとは言い難い状況であった。
そこで2014年からさらなる低環境負荷化を進めるため、1.6L V6ターボエンジンに運動エネルギー・熱エネルギーの両方を回生・放出する装置を備えた新しい動力システムの使用が義務付けられた。
これは非常に複雑なシステムであり、従来のエンジンの枠組みに留まらないものであることから、統合されたシステム全体をパワーユニットと呼ぶようになった。
2022年からはパワーユニットの開発が凍結される。より正確に言えば、2019年終了時点からは10%持続可能燃料の導入に対応するための開発を中心に行い、2022年開幕戦時点の状態で凍結される事になる。そして、2026年にはパワーユニットの新規制を導入する予定である。1.6L・V6ターボエンジンは維持し、100%持続可能燃料を導入する。電気出力を120kw→350kwへ引き上げ、MGU-H(熱エネルギー回生システム)を廃止する。
構成
パワーユニットは下記の6つのコンポーネントから構成される。
ICE(Internal Combustion Engine)
内燃機関、要するに一般的なエンジンのことである。
4サイクルのV型6気筒エンジンで排気量は1,600cc以下、バンク角90°、最高回転数は15,000rpm以下でなければならない。
TC(Turbo Charger)
こちらも市販車のターボと同じ仕組みで、排気ガスの力でタービンを回してエンジンにより多くの空気を送り込む過給機である。
1980年代後半のターボ全盛期を知る人の中には意外に思う人も居るかもしれないが、最大過給圧は特に制限されておらず、もっぱら燃料の流量制限のために5bar程度に留まっているようである。
MGU-K(Motor Generator Unit–Kinetic)
運動(=Kinetic)エネルギーの回生・放出を担うモーター/発電機(ジェネレーター)。
機能としては市販されているハイブリッドカーのモーターと同じ働きをする。
ブレーキング時には発電機として機能し、車両が持っているエネルギーを電力に変換しES(後述)に送り貯蔵する。
加速時にはモーターとして機能し、ESに貯蔵した電力によってMGU-Kを駆動することで駆動力を得る。
MGU-Kからの動力はギアを介してクランクシャフトに伝えて使用することができるが、最大出力は120kW(約163馬力)に制限されている。
またMGU-KからESへの最大回生量は2MJ/周、ESからMGU-Kへの最大放出量は4MJ/周に制限されている。
最大回生量と最大放出量が異なり、MGU-K単独では1周でESをフルチャージすることができないため、MGU-H(後述)の働きが重要となる。
MGU-H(Motor Generator Unit–Heat)
こちらは熱(=Heat)エネルギーの回生・放出を担う装置。
実は「モーター/ジェネレーター」と言いながら回生・放出の方法は指定されておらず、必ずしもこれを使用する必要はない。
現在のところ市販車では実用化されていない技術である。
ガソリンエンジンの熱効率(ざっくり言うとガソリンが本来持っているエネルギーのうち、これを爆発させて運動エネルギーとして取り出せる割合)は最大で40%程度であり、残りの多くは熱エネルギーとして失われているのだが、これをTCと機械的に(現実的には回転軸を共有して)接続された装置で回生する。
MGU-Hの回生量は無制限であり、MGU-Hを制するものがPU時代を制すると言っても過言ではない。
回生したエネルギーは3通りの使い方ができる。
- MGU-Kを駆動する。
このエネルギーは、ESからMGU-Kへの最大放出量4MJ/周とは別で無制限に使用できる。 - 低速域でTCのコンプレッサーを回し過給をアシストすることでターボラグを解消する。
- ESに充電する。
上記の通り、市販車にフィードバックされる技術面のメリットが殆どないことなどを理由に廃止が決まっており、2026年導入の新パワーユニットでは組み込まれないことになる。
ES(Energy Store)
MGU-K, MGU-Hで回生したエネルギーを一時的に蓄えるための電池。
市販のハイブリッドカーと同様に充放電特性に優れるリチウムイオンバッテリーが使用され、クラッシュした際に損傷、発火しないようモノコック内に配置することが義務付けられる。
ECU(Electronic Control Unit)/CE(Control Electronics)
パワーユニットに加えてギアボックス、クラッチ、デフなどを制御するコンピュータユニット。
メーカーによらず全チームともFIAが指定する共通のものを使用する必要があり、現在はマクラーレン・グループのマクラーレン・エレクトロニック・システムズ製のものが指定されている。
補足
- パワーユニットを構成する各コンポーネントは年間に使用できる数が制限されている。
ICE・MGU-H・TC:3基
MGU-K・ES・ECU:2基
理由の如何に関わらず、上記の数を超えて新しいコンポーネントを使用する場合は1回目はスターティンググリッドを10グリッド降格、2回目以降は5グリッド降格のペナルティが課せられる。 - MGU-K, MGU-Hを合わせてERS(Energy Recovery System)と呼ぶことがある。
KERSは「カーズ」「ケアーズ」と発音するのだが、ERSはなぜかあまり「アーズ」とは呼ばれず「イーアールエス」と読まれることが多い。 - パワーユニットに組み込まれるERSとKERSでは使用方法が異なり、ERSは予めECUにセットしたプログラム(ステアリングを使って回生優先/放出優先など選択可能)に従い自動的に回生/放出が行われる。
一方KERSは回生こそ自動だが放出はステアリング上のボタンを押している間だけ行われ、オーバーテイクボタンのような使い方だった。 - KERS時代は最大出力60kW(PUに搭載されるERSと比較して1/2)、最大回生量1MJ/周(同1/2)、最大放出量400kJ/周(同1/10)だった。
- 回生・放出量とも「1周当たり」で規定されていることがポイントで、コントロールラインを通過すると計算がリセットされるため、コントロールラインを跨ぐように使えば実質的に1回の使用で連続して最大2倍のエネルギーを放出することができる(もちろん次にコントロールラインに到達するまで全くエネルギーを使えなくなってしまう)。
用語
デプロイメント(deployment)
ERSによるエネルギー放出のことを指す。
F1中継で「デプロイメントが無い」と言えば、ESやMGU-HからMGU-Kへの電力が遮断されている、MGU-Kが故障している、ESに貯蔵したエネルギーを全て使い切ってしまったなどの理由でICEの動力しか利用できず、パワーダウンしていることを意味する。
ディレート(derate)
主にストレートの終端でデプロイメントが切れてしまい、マシンが加速しない状態。
ディレートを起こしているマシンは、後続で引き続きERSの回生エネルギーを利用している、特にDRSを利用し急速に追いついてきているマシンが追突してしまわないよう、注意喚起のためにテールランプが点滅する。
チャージ(charge)/リカバリー(recovery)/ハーベスト(harvest)
ERSによるエネルギー回生のことを指すが、チームによって呼び方は様々。
何らかの理由でESを充電できない時に「〜が無い」という無線が聞かれることがある。
ERSジャンプ
マシンが電気的に危険な状態にある恐れがある時に、大きくジャンプして降車すること。
インダクションポッドの上方、オンボードカメラの根本にERSの状態を示すインジケーターがあり、緑色に光っている場合は安全、赤色の場合は危険な状態にあることを表す。
赤色に光っている場合、ERSに異常があり高圧の電気によって触らなくても近づいただけで感電してしまう可能性があるため、ドライバーは大きくジャンプして確実に絶縁を取りながら降車することが求められる。
パワーユニットメーカー
関連動画
関連項目
脚注
- *ただし、2025年まではホンダの子会社である株式会社ホンダ・レーシング(通称:HRC )が製造したものにレッドブル・パワートレインズのバッジを付けている状態であり、搭載しているレッドブルとアルファタウリのマシンにはHRCのロゴが入っている。
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