制限選挙とは、選挙の制度を示す言葉の1つである。反対語は普通選挙である。
概要
定義
制限選挙について、次の2つの定義が考えられる。
2.の定義を用いることが多いので、本記事でも基本的に2.の定義を用いる。
日本における制限選挙の歴史
1890年に衆議院議員選挙が日本において初めて行われたが、このときは満25歳以上の男性で直接国税を15円[1]以上納めている者のみに選挙権が与えられた。有権者数は全人口の1%だった。
1900年には「直接国税の納税額が10円以上」と緩和され、1919年には「直接国税の納税額が3円以上」と緩和された。
1925年に衆議院議員選挙の選挙権が満25歳以上のすべての男性に与えられることになり、納税額の要件が削除された。有権者数は全人口の20%になった。
1945年に衆議院議員選挙の選挙権が満20歳以上のすべての男性・女性に与えられることになった。有権者数は全人口の約50%になった。
制限選挙を禁止する憲法の条規
日本の国政選挙は、日本国憲法第15条第3項によって普通選挙をするように定められている。
「普通選挙」という表現を明確化するのが日本国憲法第44条である。日本の国政選挙において、人種・信条・性別・社会的身分[2]・門地[3]・教育[4]・財産・収入を理由とした制限選挙を実施することは、日本国憲法第44条によって禁止されている。
日本国憲法第44条 両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
日本国憲法第44条の根拠とも言うべき条文は、日本国憲法第14条第1項である。
日本国憲法第14条第1項 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
選挙人や立候補者の資格を制限する可能性
日本の裁判所は、「日本国憲法第14条第1項の人種・信条・性別・社会的身分・門地は、例示に過ぎない。これらの分野以外でも、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでないかぎり、法の下の平等を実現するべきである」と考えることが常であり、その考えを通説としている[5]。
また日本の裁判所は、日本国憲法第44条を解釈するときも同じように「人種・信条・性別・社会的身分・門地・教育・財産・収入を例示として考え、それ以外の分野でも、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでないかぎり、差別的取り扱いを禁ずるべきである」と考える傾向にある。
このため日本の国政選挙において、日本国憲法第44条で列挙されていない理由によって選挙人や立候補者の資格を制限する場合、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものなら合憲とされ、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づかないものなら憲法44条違反とされる。
日本の国政選挙では、①国籍によって、または②年齢によって、もしくは③刑法や公職選挙法に違反したかどうかによって、選挙人や立候補者の資格を制限することがある。①~③のどれも、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものとされており、合憲とされる。
かつての日本の国政選挙において、④居住地によって選挙人や立候補者の資格を制限していたことがある。1998年以前は日本国に居住しない日本国民の選挙権を一切認めていなかった。在外日本人選挙権訴訟が起こったことを契機に、日本国に居住しない日本国民にも国政選挙において選挙権が認められるようになった。
在外国民選挙権訴訟において、地裁判決も高裁判決も訴えを却下したが、最高裁判決で一転して訴えが認められた。このように、居住地によって選挙人の資格を制限することを違憲とするか合憲とするかは、裁判官によっても意見が分かれるところである。
制限選挙の長所
制限選挙の長所は3つほど挙げられる。
1.を意識する思想の例は、「高学歴の者のみに選挙権や被選挙権を与えることで、国民が高学歴を目指すようになり、それによって国家の実力を向上させられる」というものである。
外発的動機付けというと通常は財産や名誉を付与して人を一定の行動に導くものである。しかし不平等選挙による外発的動機付けは、選挙権という権利を付与して人を一定の行動に導くものである。
19世紀のフランスの政治家にフランソワ・ギゾーという者がいる。ギゾーは、「金持ちのみに選挙権を与える制限選挙を撤廃せよ」と求める人に対して「金持ちになりたまえ。そうすれば選挙人になれる」と言い放ったという。この発言は、金持ちになろうとする行動を導く外発的動機付けである。
2.を意識する思想の例は、「高学歴の者のみに選挙権や被選挙権を与えることで、議員が高学歴の者を優先する政策をとるようになり、それによって国家の実力を向上させられる」というものである。
3.は、門地(家柄)や教育(学歴)や財産(保有資産額)や収入(所得税納税額)を理由にする制限選挙に見られる長所である。そうした制限選挙を行うと、選挙の雰囲気が洗練され、上品で知的なものになる。
制限選挙の短所
格差社会・階級社会になると、人が「所属する階級が異なる人」に対して話しかけることをためらうようになり、人が「所属する階級が異なる人」に対して積極的情報提供権(表現の自由)を行使することを遠慮するようになり、情報伝達が盛んに行われない社会になり、風通しが悪い社会になり、「見て見ぬ振り」「知らぬ存ぜぬ」「自分の知ったことではない」「我関せず」という気風が広がる社会になる。
格差社会・階級社会になると、人々がお互いの欠点を指摘し合う気風が損なわれるようになり、欠点がいつまで残り続ける社会になり、発展せずに停滞する社会になる。
関連項目
脚注
- *15円は当時の通貨価値でお米300kgを購入できる程度の金額だったとされる。
- *社会的身分というのは、憲法学者の間でも解釈が分かれる概念であり、定義が曖昧な概念である。『日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 205~206ページ』を参考にして社会的身分を解説すると、次のようになる。・・・社会的身分は、①人の生まれによって決定される社会的地位、②広く人が社会において一時的ではなく占めている地位、③後天的に人の占める社会的地位にして一定の社会的評価を伴うもの、といった解釈がある。この中で①は門地とほぼ同じ意味になる。②は非常に広い解釈で職業や居住地も含む。③はさらに「後天的取得対象となるものであっても、本人の意思ではどうにもならないような、固定的な社会的差別観を伴っているもの」と解釈される。・・・
- *門地というのは、人の出生によって決定される社会的地位のことで、いわゆる「家柄」がこれにあたる。『日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 206ページ』
- *教育というのは教育の程度のことで、学力や学歴が典型例である。
- *日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 200ページ。昭和48年の尊属殺重罰規定違憲判決の最高裁判決では「憲法14条1項は、国民に対し法の下の平等を保障した規定であって、同項後段列挙の事項は例示的なものであること、およびこの平等の要請は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでないかぎり、差別的な取扱いを禁止する趣旨と解すべき」と述べている。
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