喉音理論、喉頭音理論、ラリンガル理論(laryngeal theory)とは、印欧祖語において喉音が存在したという理論。
概要
フェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure、1857年11月26日 - 1913年2月22日)が1879年に印欧語族における母音の原始的体系に関する覚え書 (仏語: Mémoire sur le système primitif des voyelles dans les langues indo-européennes)で発表した印欧祖語(Indo-European)に関する内的再建の理論が始まりである。
19世紀初頭、印欧祖語の存在が確実視されるとともに、印欧祖語の内的再建が進んでいた。この印欧祖語から分かれた印欧語において各語は何らかの様々な母音交替(独:Ablaut)を示していた。例えば、動詞の時制に関する母音交替(例:(英)sing-sang-sung)、動詞と名詞の間の母音交替(例:(英)sing -song、(希) λέγω(légō)-λόγος(logos))、短母音と長母音の対立((英)take-took)は顕著に行われており、これらに対し何らかの説明が求められていた。また、印欧祖語から分かれた娘言語の間の母音対応が不明な部分がありこれらについても説明が必要であった。
当初は、i-a-u の母音交替を基本とし、更にサンスクリットとゴート語の比較から母音 a からその他の母音が分化しているとされた。然し、どのような条件から a 分化したかが説明できずに半世紀が過ぎたころ、にオストホッフ(Helmann Osthoff) 、ブルークマン (Karl Brugmann)ら青年文法学派によって、先鞭が付けられ、ソシュールによって「ソナント的な付加音(仏:coefficient sonantique)」A, Oの存在が指摘されるに至る。この音は以下のような性質を示す。
- 印欧祖語において、基本的な母音は e である。
- 印欧祖語において、母音は e / o / ∅ と交替する。
- 印欧祖語において、音節核は母音が担う。
- これら以外にも未知のソナント的な付加音が存在する。
- 母音にこのソナント的な付加音が付くと長母音となる。
- このソナント的な付加音はヨーロッパ各語で a 、インド・イラン語派で i となる。
だが、母音交替に関してはともかく、このソナント的な付加音は同時代人から猛反発を受け、ソシュールは比較言語学、通時言語学、歴史言語学、印欧祖語再建から撤退してしまう。然し、この説はソシュールの兄弟子メラーによって、ソナント的な付加音の種類をA, O, Eに増やされながら支持され続け、20世紀に入ってから解読されたヒッタイト語の対応から、ソシュールの孫弟子でメイエの弟子だったキュニー、フロズニーらやイェジ・クリウォヴィチによって、ソナント的な付加音の存在の妥当性が指摘されるに及び、この理論は再び復活してくる。その後、名だたる言語学者の追認の下、喉音理論の証拠(Evidence for Laryngeals)と題した会議及び論文集の誕生により、喉音理論は印欧祖語の常識となった。
喉音理論による母音交替
伝統的にH1, H2, H3(もしくはh1, h2, h3 や ə1, ə2, ə3)と表される。H1は neutral (中立)或いはe-coloring (e音化)、H2はa-coloring (a音化)、H3はo-coloring (o音化)の性質があったとされる。
古代ギリシャから指摘されていた点として、印欧語の語根は一音節である。即ち、印欧祖語の基本的な語根は子音(C)、亮音(R)とすると母音は e 一つであるため、C(R)eC-, Ce(R)C-で表せる。この孤立語的な印欧祖語が、時代が下るにつれ、複合語や助詞的な音節、複数の表示接辞、時制の接辞が後に接続されて行き、多音節語となっていった。多音節語と化したことで、単語内における音節ごとの強弱が付く。強弱アクセントを持つ欧州各語でそうだが、強アクセントのない音節において、母音は弱化を起こしてəとなり、場合によっては消失して、隣接する聞こえ度の高い子音が母音の代わりとしてその音節核を担うこととなる。印欧祖語でも同じことが起きた結果、以下の音韻変化が起こることとなった。
- *CeC > *CəC > *CoC
- *CyeC, *yeC, *Cey, *CeyC> *CyəC, *yəC, *Cəy, *CəyC > *CyC, *yC, *Cy, *CyC> *CiC, *iC, *Ci, *CiC
- *CweC, *weC, *Cew, *CewC > *CwəC, *wəC, *Cəw, *CəwC > *CwC, *wC, *Cw, *CwC > *CuC, *uC, *Cu, *CuC
- *CmeC, *meC, *Cem, *CemC > *CməC, *məC, *Cəm, *CəmC > *Cm̩C, *m̩C, *Cm̩, *Cm̩C
- *CneC, *neC, *Cen, *CenC > *CnəC, *nəC, *Cən, *CənC > *Cn ̩C, *n ̩C, *Cn ̩, *Cn ̩C
- *CleC, *leC, *Cel, *CelC > *CləC, *ləC, *Cəl, *CəlC > *Cl ̩C, *l ̩C, *Cl ̩, *Cl ̩C
- *CreC, *reC, *Cer, *CerC > *CrəC, *rəC, *Cər, *CəC > *Cr ̩C, *r ̩C, *Cr ̩*Cr ̩C
ここで、アクセントの有無、亮音の有無から、e/o/∅の母音交替が生まれている。
同様に、喉音のある音節も似たことが起きた。なお、喉音は通説では三種あると仮定されるので、伝統的にH1, H2, H3(もしくはh1, h2, h3 や ə1, ə2, ə3)と表される。
但し、この喉音は母音を変化させる一方で、ヒッタイト語においてはsと同化し、H2,H3の一部はḫとなっていたことから口蓋や咽喉で発声する摩擦音的な性質を持っており、この段階では亮音と同じく音節核を担うまでには至らなかったはずである。ここにおいて、 ə が印欧祖語内で中舌母音として確立する。
一方で、アクセントのあった音節では弱化しないまま*eの母音が保持されていた。ところが、この弱化が終わり、*CəC > *CoCの変化が起きた後、喉音によって*eの母音が変質し、喉音が後部に存在する場合長母音化した。その後喉音は合一化し最終的に消え去った。それは、亮音も同様であった。
- *CeH1>*CeH1>*CeH>*Cē
- *CeH2>*CaH2>*CaH>*Cā
- *CeH3>*CoH2>*CoH>*Cō
- *H1eC>*H1eC>*HeC>*eC
- *H2eC>*H2aC>*HaC>*aC
- *H3eC>*H3oC>*HoC>*oC
- *iH>*ī
- *uH>*ū
- *mH>*m ̩ː
- *nH>*n ̩ː
- *lH>*l ̩ː
- *rH>*r ̩ː
この段階で、e/ē, o/ō, a/āの母音交替も成立した。なお、ヒッタイト語は、喉音の合一と消失が未完了であった。
更に、喉音が消え去ったのは ə を母音とする音節も同じであった。
- *CəH1>*CəH>Cə
- *CəH2>*CəH>Cə
- *CəH3>*CəH>Cə
- *H1əC>*HəC>əC
- *H2əC>*HəC>əC
- *H3əC>*HəC>əC
最終的に、語頭の*əはギリシャ語のみがその痕跡を残した。語中、語尾の*əは大半の原語で*aへと変化し、ギリシャ語は独自の改新を経て、 α, ε, ο となった。サンスクリットはiとなった。
母音対応
*e階梯 | *o階梯 | *零階梯 | 音韻変化後 | ||
---|---|---|---|---|---|
*e | *o | *∅ | *e | *o | *ə |
*eR | *oR | *R | *eR | *oR | *R |
*Re | *Ro | *R | *Re | *Ro | *R |
*eh1 | *oh1 | *əh1 | *ē | *ō | *ə |
*Reh1 | *Roh1 | *Rəh1 | *Rē | *Rō | *R |
*eh2 | *oh2 | *əh2 | *ā | *ō | *ə |
*Reh2 | *Roh2 | *Rəh2 | *Rā | *Rō | *R |
*eh3 | *oh3 | *əh3 | *ō | *ō | *ə |
*Reh3 | *Roh3 | *Rəh3 | *Rō | *Rō | *R |
*h1e | *h1o | *h1ə | *e | *o | *ə |
*h1eR | *h1oR | *h1əR | *eR | *oR | *R |
*h2e | *h2o | *h2ə | *a | *o | *ə |
*h2eR | *h2oR | *h2əR | *aR | *oR | *R |
*h3e | *h3o | *h3ə | *o | *o | *ə |
*h3eR | *h3oR | *h3əR | *oR | *oR | *R |
関連項目
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