百年目(ひゃくねんめ)とは、落語の演目である。上方の演目で、後に東京に移植されたといわれているが、実は同じような話が東西から伝わっており、そのルーツを辿ると中国など海外から伝来したという説もある。
一時間近くに上る大ネタの上に、登場人物が非常に多く、その演じ分けも求められるだけでなく、宴の踊りや揺り返しの番頭が後悔するシーン、大団円の旦那が番頭を諭すシーンなど、目まぐるしく展開が入れ替わり、これが演じられたら一人前どころか、まさに大名人と呼べるような噺であり、落語の中でも名作中の名作ともいえ、これで落語に目覚めたって人も少なくない。
特に桂米朝のものは一世一代の大演技ともいわれている(とはいえ、米朝本人も失敗したことがあるほどで、どれだけこれが難しい噺かわかるだろう)。東京でも三遊亭圓生、古今亭志ん生、古今亭志ん朝といったビッグネームが得意としていた。
なお、百年目とは「物事の分かれ目、決断が迫られた時」のこと。また、「非常に長い期間」のことも指し、「ここで逢ったが百年目」という斬られ役の台詞は有名だろう。
あらすじ
船場のとある大店に非常に口うるさい番頭がいた。彼はいつも奉公人や丁稚に小言を連ねるもので、奉公人からは何の遊びもない堅物と思われていた。しかし、この番頭、実はすごい遊び好きであり仕事こそは熱心だが、仕事が終わると遊び人に変身してしまうのだ。そんな彼の元に、得意先の幇間から今晩桜見物に舟遊びをしないかと誘われる。番頭はここでは罰が悪いと、部下たちには「得意先廻りに行く」と偽って身を隠し、知人の家で着替えをしてから、「今日は日が悪い」といいながらも次第に舟遊びを始めた。芸者から注がれたお酒を呷り、すっかりいい気分の番頭は「目んない千鳥」という目隠し遊びで芸者を追い回す。
だが、そこで捕まえた相手がこともあろうかと店の旦那だった。彼も友人に誘われ観桜会に来ていたのだ。番頭は真っ青になり旦那の前に「長らくご無沙汰しております」とひたすらに平伏して、そのまま船に逃げ帰ってしまう。だが、旦那は「大事なうちの番頭じゃ、無理のないようにしてやれ」とだけ言って、その場を立ち去った。
しかし、番頭は直後にとんぼ返りし、部屋で「気分が悪いから休ませてくれ」と、他人を謝絶してから、ひたすら今日の無礼を何度も回顧し、そして後悔する。旦那からは間違いなく大目玉を食らうであろうと、彼に説教される前に夜逃げの準備を始める。しかし、その途中で、もしや大目に見てくれるかも知れないと、また風呂敷を解いたり、また包んだり…結局憔悴しきって、なるようになれとばかりに、やけくそで眠ってしまった。
だが、悪夢を繰り返した後、翌朝早くに目が覚めても、まだ落ち着きが取れず、丁稚より先に大戸を開けて庭掃除をしたり、驚いて飛び起きた丁稚に「儂の代わりに帳場に立て」と告げたりと動転を繰り返し、それでも帳場に座り、やるべき仕事をこなしていた。そこに丁稚から「旦那がお呼びです」との一声…。
「いよいよか…」彼は意を決して旦那の前に座るが、彼は晴れやかな表情で、普段の仕事熱心さと、それとは裏腹に酒宴での弾けっぷりを評して「あれぐらい器量がないと大きな商いはできない。しかも、帳簿を確認させてもらったが、しっかり自分の貯金で散財をしている、感心なものだ」と褒めちぎる。そして、お寺から聴いた栴檀と南縁草の法話にたとえ、「自分が栴檀となってもっと部下に思いやりも持って指導して、店を繁栄させて欲しい」と激励までされると、すっかり涙ぐみ恐縮する。だが、旦那は「あのときなぜ儂に向かって『長らくご無沙汰してます』と答えたのじゃ?」と問いかけると
「はい、あんな姿を旦那に見られて、もう百年目かと思いました」
※無粋だが、ここでの百年目は前述した2つの意味を掛けているのがわかる。
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