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山本省吾(やまもと しょうご、1978年5月28日-)とは、大阪近鉄バファローズ、オリックス・バファローズ、横浜ベイスターズ(横浜DeNAベイスターズ)、福岡ソフトバンクホークスに所属した元プロ野球選手(投手)。
現在は福岡ソフトバンクホークスのスカウト。愛称は「山省」。
概要
OB | |
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山本省吾 | |
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 石川県七尾市 |
生年月日 | 1978年5月28日 |
身長 体重 |
177cm 77kg |
選手情報 | |
投球・打撃 | 左投左打 |
守備位置 | 投手 |
プロ入り | 2000年ドラフト1位(逆指名) |
引退 | 2013年 |
経歴 | |
プロ野球選手テンプレート |
球速はそれほど無いが、四死球が少なく変化球と揺さぶりで打たせてとるタイプの技巧派左腕。
星稜高校では1年夏から甲子園での登板を経験、2年夏の甲子園ではエースとしてチームを石川県勢初の決勝進出に導いた(決勝では帝京高校に敗れ準優勝)。一般入試で慶應義塾大学に進学し、大学でもエースとして活躍した。
2000年にドラフト1位(逆指名)で大阪近鉄バファローズに入団。2年目にリリーフとして頭角を現すが、その後は先発転向が上手くいかず伸び悩む。2004年オフ、分配ドラフトでオリックス・バファローズへ。
オリックスではしばらくリリーフを務めていたが、2008年、先発陣が故障者続出で開幕前から崩壊寸前になったため、小松聖とともにリリーフから急遽ローテ入り。四死球の少ない安定した投球を続け、規定投球回数に到達し10勝6敗、防御率3.38という好成績を挙げチームのCS進出に貢献した。
2009年は開幕から1年間ローテを守り、前年に続いて貴重な先発左腕として活躍したが、リリーフ陣に勝ち星を消されまくった上、シーズン終盤に絶不調に陥ったため9勝7敗に終わり、2年連続の二桁勝利を逃した。
2010年は交流戦こそ4勝0敗の防御率1.82と好成績を挙げたものの、パ・リーグ相手には防御率6点台とほぼフルボッコ状態で、8勝10敗で防御率5.47に終わる。オフ、シーズン途中に広島からトレードされたばかりの喜田剛と共に寺原隼人・高宮和也との2対2の交換トレードで横浜ベイスターズに移籍。
横浜では実績ある左腕ローテ投手として大いに期待され、三浦大輔や清水直行らの出遅れで移籍1年目にして開幕投手を任される(5回4失点で勝敗つかず)。が、5月6日の阪神戦で2勝目を挙げたのを最後に、そこからは9戦9敗の惨状で、2勝11敗、防御率5.82というボロボロの成績で7月に二軍落ち。シーズン終盤には敗戦処理で投げるところまで落ちぶれていた。トレード相手の寺原がオリックスで復活し12勝を挙げる暗黒トレードぶりも合わせて、いろいろな意味で惨憺たるシーズンになってしまった。
2012年は4月11日の対ヤクルト戦で6回表途中降雨コールドにより横浜DeNA初の完封勝利を挙げたが、それ以降は結果を残せず、6試合に登板して1勝4敗、防御率4.46に終わった。オフに江尻慎太郎・吉村裕基とともに多村仁志・吉川輝昭・神内靖との3対3のトレードで福岡ソフトバンクホークスへ移籍した。
2013年はオープン戦で好投して開幕一軍入りしたものの、2試合目の登板で2本塁打を浴びてあっさり二軍落ち。その後左肘の手術をすることになり、そのリハビリを続けていたが、オフに戦力外通告を受ける。現役続行を目指しトライアウトも受けたがオファーはなく現役引退。
引退後はソフトバンクに残り、東海・北信越担当スカウトに転身した。スカウトとして担当したことが判明している選手は、田中正義、大竹耕太郎、野村大樹、泉圭輔など。
オリックス時代の2007年に代走で出場しサヨナラのホームを踏んだことがある。近藤一樹とは仲が良く、近藤をひらがなキャラにした犯人。
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関連項目
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