論点先取とは自己の結論に有利な前提を一方的に宣言してしまうことであり、詭弁の一形態とされている。
概要
論点先取とは、自論を述べる際に結論を内包した内容を無条件に前提に含めてしまうことである。大局的に見ると結論=前提→結論と循環する形になることが多く、循環論法と分類されることもある。
先取する論点に選ばれるのは、大義や正義のような一見もっともらしい内容が多いが、直感的には正しく見えても論理的に検証すると誤りであるようなパラドックスや、誤りなのだが検証するのに科学や統計学など高度な知識や能力を要求されるために一見誤りとわからないようなものもある。
例
中絶の例はよそで使い古されているので、良し悪しはともかく違う例で。
世の中には議論の結論を前提だと言い切ってはばからない痛い例もないわけではないが、実際にはひと目でわかるような使われ方をすることはあまりない。
この場合、凶悪犯罪者の糾弾という社会正義と、「相手の心を傷つけるのは良くない」という博愛主義の間でジレンマが生じているのだが、上記の例では、博愛主義的な「相手の心を傷つけるのは良くない」というそれだけ切り出せばもっともらしい文章を先に宣言し、そこから対象を拡大するという手法によって、本来なら通りそうにない「凶悪犯罪者を批判するべきではない」という結論につなげている。
解決法?
先取する論点が明らかな誤りである場合はそれを指摘すればよいが、大義や正義のような抽象的なものの場合、立場や価値観によって正しかったり誤りだったりするようなものの場合はそうもいかない。そういった場合は、たいてい自身もまた論点先取になっているものである。こちらが深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。お互いの論点先取を認識した上で、両者の価値観の間でバランスが取れる点を探すのである。
しかしながら、この方法で実際に解決できる場合はむしろ少ない。意図的にやる人は救いようもないが、残念なことに論点先取をする人にとってその前提は空気のように当たり前と考えられていることが多く、いくら指摘しても考えが改まることなく一切の妥協を拒否して無限ループに陥る危険が高いからである。
また、空気のように当たり前のことなので先取論点の宣言はしばしば省略され、相手側からはお前は何を言っているんだというような状態になることも珍しくない。
関連項目
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