ケスラーシンドローム(Kessler syndrome)とは、「スペースデブリ(宇宙ゴミ)が増えすぎたせいで、デブリ同士が勝手に衝突しあって砕けていき、それによって細かいデブリがさらにどんどん増えていく!」といった状況を指す言葉である。
概要
冒頭の説明を読んで「スペースデブリってなんだよ」と思った方もいるだろう。
ニコニコ大百科には「スペースデブリ」の記事が無いのでここで軽く解説すると、「スペース」(space)は「宇宙」で、「デブリ」(debris)は「ゴミ、破片、屑」の意。よって「スペースデブリ」(space debris)とは「宇宙ゴミ」と言う意味である。概ね、地球の衛星軌道上に放置されている物体の事を指す。
これらスペースデブリは軌道上をグルグル回っているわけだが、その速度は秒速7-8kmと銃弾(だいたい秒速数百m)よりも速かったりする。つまりちょっとした破片程度のものでも、当たるとかなりの破壊力になる。人工衛星や宇宙船や宇宙ステーションに当たると破壊される可能性もある。宇宙飛行士に直接当たれば死にかねない。危ない!
危ないのだが、このスペースデブリは徐々に増えている。ゴミが自分で軌道修正なんてしないんだから、徐々に軌道を外れて大気圏に突入し燃え尽きたりするだろうし、徐々に減りそうなのに……と思うじゃん? しかし人工衛星やそれを軌道に乗せるためのロケットはどんどん打ち上げられているし、故障したり切り離されてそのまま軌道上に放置される機体・部品なども生まれるためだ。
そして、スペースデブリ同士が衝突しあう事もありうるだろう。というか実際に起きている。衝突しあうと破片が飛び散る。その破片はさらに多数のスペースデブリになる。スペースデブリの数が多くなっていくならば、こういった衝突が起きる頻度も高まっていく。
こういった出来事について、1970年代に小惑星帯(アステロイドベルト)内での小惑星同士の衝突に関する研究結果を当てはめて解析して、将来予測を立ててみた科学者らがいた。それがNASAに所属していたドナルド・J・ケスラー(Donald J. Kessler)とバートン・G・クール=パレ(Burton G. Cour‐Palais)である。
彼らは試算の結果「衝突しあって、アステロイドベルトみたいにデブリベルト(debris belt)みたいなもんが地球の周りに形成されてしまうやんけ!」というモデルを見出し、それを論文として1978年に発表した[1]。
このモデルについて「マジかよ……ヤバくね……?」という認識と共に周知されていき、それとともに「ドナルド・J・ケスラー」の名を取って「ケスラーシンドローム」と呼ばれるようになっていったという。ちなみに1982年にアメリカの大衆向け科学雑誌『Popular Science』にこの「ケスラーシンドローム」と言う呼称と共に説明が掲載された[2]とのことで、そこからこの呼称が広まったらしい。
仮に、このモデルが最悪中の最悪の状態、つまり「軌道上がスペースデブリだらけ! しょっちゅうどこかで衝突が起こっているよ!」という状態にまで進むと、人工衛星はすぐにぶっ壊れることになるのでGPSが使えなくなるし、BS放送も見れなくなるし、天気予報の正確性も落ちる。ただしさすがに、そんな状態に近づいても何の対策もせずに軌道上に大量の質量を放り込み続けるほど人類は愚かではないと思われるので、そんなことにはならないだろうけれど。
また、「そんな状態になったら、地球から宇宙船に乗って飛び立っても軌道上でデブリに当たって撃ち落されてしまうので、地球から出られなくなるんじゃね……?」という心配をする人もいる。実際にそういった筋書きのSFなども存在するようだ。母なる地球からは逃げられないよ!
しかしドナルド・J・ケスラー自身はそういったシナリオについてはさほど心配しておらず、以下のように述べたことがあるという。
Kessler believes that particular scenario is a long way off. “I use this analogy,” he says. “You can cross the street a lot safer than you can live on it. When you go to other planets, you’re just passing through our orbit. You spend such a short time that there’s not a serious chance of getting hit, like there is when you stay there for years.”[3]
(和訳例:ケスラーは、こういったシナリオははるか先の話だと確信している。「私はこのたとえ話を使うんですよ」と彼は語る。「『道路の上で暮らすのと比べれば、道路を横断するだけのことはずうっと安全』ということです。別の惑星に向かうとき、軌道上は単に通り過ぎるだけです。そんなに短い時間しか軌道上に居ないのだから、衝突する危険なんてたかが知れていますよ。何年もそこで暮らすってわけじゃないんですから。」)
創作において
- ニンジャスレイヤー
過去に起きた「電子戦争」という破滅的な戦争の結果、宇宙への脱出が困難となってしまっている。その理由は宇宙ゴミが大量発生しており衝突を避けがたいこと、また暴走した自律多国籍攻撃衛星が軌道上に上がってくる存在を無差別攻撃するようになってしまったこと。その双方を退けるには、ニンジャの力が必要であった。 - ゼロ・グラビティ
物語の発端がロシアの人工衛星爆破ミスによるスペースデブリに主人公らが巻き込まれたトラブル。飛散するスペースデブリが主人公らのシャトルだけでなく通信衛星も壊してしまったため、地上との通信もできなくなってしまった。 - エースコンバット7 スカイズ・アンノウン
物語後半で戦争を行っている両国がほぼ同時に互いの通信衛星を破壊した結果、軍民両方の人工衛星が壊滅し、通信網が文字通り寸断されてしまった。過去作において地上ケーブルによる通信は大ダメージを受けており、それを補うために衛星を打ち上げまくってその穴を埋めた、という背景がある。
関連動画
関連リンク
- スペースデブリに関してよくある質問(FAQ)|JAXA|研究開発部門 (「ケスラーシンドロームとは何ですか?」という質問と、その回答がある)
関連項目
脚注
- *Kessler, D. J., and Cour‐Palais, B. G. (1978), Collision frequency of artificial satellites: The creation of a debris belt, J. Geophys. Res., 83( A6), 2637– 2646, doi:10.1029/JA083iA06p02637.
- *『Popular Science』の該当号 - Google ブックス
- *Waste of space: Just what happens to the junk we leave in orbit? | Delayed Gratification
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